臨床医20年消化器内科医の楽しさを伝えたい

大森赤十字病院 消化器内科 千葉 秀幸

はじめに

 以前“この10年を振り返って”という記事を医局のホームページに載せて頂きました。医者人生のファーストステージでもある30代前半までは、何でもいいから経験をしたい、自分で何でもできるようになりたいという思いで我武者羅に前に突き進んでいました。消化器内科医になってみてはじめて内視鏡の面白さや奥深さを知る一方で、内科医の端くれとして様々な症状を有する患者さんや答えの分からない病気を数多く経験し勉強しながら診療をしていくことも性に合っていたのだと思います。その中でも私が極めて幸運であったのは、初期のこの10年の内に人生の師と呼べる様々なタイプの指導医に出会えたこと、そして同じ方向を目指した同僚と仲間がいたことだと思います。内視鏡の師匠であり、兄のように慕っているNTT東日本関東病院の大圃研先生は、世界を股にかける言わずと知れた内視鏡界のゴッドハンドですが、“個人ではやれることに限界があるけど、チームを作って軍団でやればもっと大きなことができる”、とチーム作りや内視鏡教育という武器を身に付けるために必要なことをたくさん教えてくださりました。その後の10年は経験したことや教わったことをどう伝えていくか、教育の輪をどうやって広げていけるかを考える毎日です。

 本記事は、学生さんや研修医の先生、消化器内科になりたての先生向けとしました。私が、なぜ消化器内科を選んで良かったと思っているのか、その想いを私の経験を振り返りつつ伝えることができればと思います。

臨床医を20年やっても飽きない

 約20年に渡り臨床医を務めても、飽きることがない理由は何でしょうか?それは、消化器内科が日々進化し続けるからです。消化器内科医の大きな武器でもある内視鏡診療といえば、症状の原因検索、早期癌などを早期発見・治療、消化管出血の止血処置、胆石の除去や黄疸ドレナージなどが多くを占めていました。しかし、この10年足らずで内視鏡診療が大きく変わり、それが消化器内科の守備範囲を広げることになりました。これまではただ胃カメラで通過するだけであった咽頭のがんの内視鏡診断と治療にはじまり、薬剤抵抗性の逆流性食道炎や食道アカラシアに対する内視鏡治療、胃粘膜下腫瘍に対する内視鏡的全層切除と縫縮術、超音波内視鏡を用いた胆膵領域のInterventionなど、内視鏡が届く部位であれば何かアプローチができないかと世界中から革新的な技術が報告されるようになりました。“低侵襲内視鏡治療”というパワーワードが内視鏡医の心を魅了し、患者さんへの負担を軽減する治療法が日々模索されています。私自身この20年の間、内視鏡医療の進歩に刺激を受け、難しい処置や先進的な処置をするときのあの興奮は言葉では表現し尽くせません。また世界中には内視鏡に熱中する医師がたくさんいます。コロナ前は、月に1度くらい中国を中心に海外での講演や内視鏡手術・指導を行っていましたが、彼らとの交流を通じて我々も新たな知識や技術を吸収することができました。

学会での招待講演とESDライブ in Spain

学会での招待講演とESDライブ in China(杭州)

2024.3新規デバイス開発Project参加 in Italy(Roma)

 最近では、オンラインツールや、YouTubeなどのメディアを通じて、世界中の最新の内視鏡診療を学ぶことができるようになりました。施設で事情は異なりますが、本人の情熱一つで内視鏡のエキスパートの道が開かれていると感じています。

 一方、ジェネラリストとしてのキャリアを積むことももちろん可能です。消化器内科医は出血・黄疸・急性腹症といった緊急性の高い消化器疾患のみならず、食欲不振や嘔気といったどの疾患でも当てはまるような症状の初療医になりやすいため、主たる疾患が何かを探すための窓口として幅広い知識が求められます。消化器内科医に限ったことではないですが、これは医者である限り常に勉強して最新の情報をアップデートしていくことになります。この他、がん専門医として、化学療法から緩和医療、更には往診医として地域医療で活躍している先生も多くいます。このように、キャリアについては、まだ決められなければ目の前の診療に没頭してもいいし、自分のやりたいことをみつけて突き進んでも、信頼できる指導医に導かれていくのも良いかと思います。

エキスパートになるための準備とは

 エキスパートという言葉に明確な定義はありませんが、自分の武器となるものに“こだわり”を強くもって仕事をしている先生の多くがエキスパートになっているのは事実かと思います。ここでいう武器は必ずしも、内視鏡技術とか治療とかだけではなく、日々の1つ1つの診療であるとか、後輩への指導や教育、または発表・講演やスライドの作り方にこだわっている先生もいますし、気合の入った動画作成もその1つかと思います。何かにこだわりをもって進んでいく先に実は様々なチャンスが転がっています。そのチャンスをつかんで更に挑戦していきます。私は縁あって内視鏡診療を武器とし日々取り組んでいますが、その中で内視鏡治療は切除のスピードだけでなく、美しく切除することが理想的であろうと思っています。美しく切除すること自体の気持ちよさだけではなく、そのためにはどのように内視鏡を動かせばいいのか、その環境を作ればいいのかを細かく分析していくこと自体が好奇心をくすぐるわけです(もちろん綺麗にとろうとしすぎて時間がかかるのは本末転倒ですが)。内視鏡治療は最終的に病理評価が重要になるので、その点でも綺麗な切除検体はその後患者さんの治療方針にも直結します。そのために“速くて綺麗”、これをどのように自分のものにしていくかをエキスパートの条件と考え、20年たった今でも鍛錬を積んでいます。チームの最終的な技術的目標は、“そこそこの技術ではなく、圧倒するような技術を身に着けよう”というややハードルを上げたものとしています。せっかく、チームで同じ方向を向いて頑張っているのだから目標は高く設定しています。そのためにはどうすればいいのか。一番大事なのは基礎力です。基礎ができていないのに、うわべの美味しい所だけできるようになってもどこかで上手くいかないことがでてきます。簡単なシチュエーションの時にさぼらずに丁寧に基礎力を磨いていくことが重要であると考えています。正直な所、これだけやっても極めたなと感じることはなくいつも反省ばかりです。私個人は自分を減点方式で考える方で、もっとうまくできたのではないかと自分の手技が将来100点満点と言い切れる日まで精進あるのみです。

教育の奥深さ ~教えているようで教わっている~

 私は内視鏡診療に携わってずいぶん経ち、それなりに技術も磨いて、多くの先生と関わり指導もしてきました。その1つの集大成として、早期癌の標準的な内視鏡治療であるESDの教科書作りに大圃先生との共著として携わることができ、最近では日本で重版が決定し、韓国語、中国語にも翻訳いただきました(The TEXT ESD 金芳堂出版)。指導をする際には、口に出し、身振り手振りで相手へ伝えていくことになります。相手の年齢、性別や立場、ましてや国籍にも関係なく、慣れない英語であっても説明しないといけません。そのような指導を行っていくと何となくやっていてはだめで、理論的にそして分かりやすく言語化して伝えていく必要があります。ここ10年は、指導医側にまわり日常診療の多くの時間が指導時間になり、自分が実際に手技をする件数そのものは明らかに減っていますが、感覚的には教え始めてからの方が上手くなっていることに気づきます。熱意もって理論的に指導をしているとそこから学ぶことが大変多く、“教えているようで教わっている”のだと思います。当院では内視鏡診療に興味を持っている先生が集まってくれています。現在ESDは年間350例程行っていますが、その内容は入院症例のオーダー、病棟回診、緊急対応、その他、治療前には症例の内視鏡読影、全臓器のESDのデータベース管理も行っています。それと同時に国内外の学会、講演の準備、多数の臨床研究(他の施設との共同研究も含めて)を同時期に行っています。とても1人でできるものではありません。チーム全体で仕事量を把握し仕事を分担して、活動性の高いチームを作っていきます。またポリシーとして、ただ目の前の内視鏡をやっておしまいではなく、最終的には自分たちの成果を論文にしたいと考えています(2024年4月時点で論文全体91件、うち英文80件)。ただ、大変なのは、同時に消化器内科医としての日々の診療、外来・当直業務などもあるため、当グループに意を決して(?)赴任してきた先生方の多くは想定以上に速く過ぎる毎日に驚いているのではないかと思います。同じ釜の飯を食う、という言葉通り、常にお互い切磋琢磨しながら、医者人生を楽しんでもらえるように、何か新しいことはないか、と探している毎日です。

最後に

 “低侵襲内視鏡手術から往診まで”、この守備範囲の広さは他科にはない大きな魅力ですし、どの分野でも自らのスキルを活かし、成長するチャンスが豊富にあります。1つを極めるも良し、守備範囲の広い内科医になるのも良し、さまざまな経験や専門知識を積み重ね、自身のキャリアを広げたい方にとって、消化器内科は非常に魅力的な選択肢です。現在、40代半ばになりそれなりに体にもガタがきましたが、チームの先生の成長を感じ、同じチームで修行をした先生方が異動先の施設で活躍をしていることを聞かせてもらうと、蒔いた種が少しずつ実を結んでくるようでこのような立場で仕事ができていることにとてもやりがいと誇りを感じます。

チームのメンバーと海外出張

 10年後、20年後、こうなりたい、ああなりたいというイメージを持てることは素晴らしいと思いますが、少なくとも私は10年前も20年前も、今の自分を全くイメージできていませんでした。やってきたことは、“楽に仕事をするのではなく、楽しく仕事をする”ということで、大変な思いをすることも多々ありましたが目の前の課題に真摯に向き合い解決していった結果として今があるのだと思います。消化器内科には、もちろん様々な先生がいますが、消化器内科を選択したという時点でどこか似ている部分がある医師が集まっているのではないでしょうか。似た者同士、明るい未来が待っている皆様とどこかで共にお仕事ができることを楽しみにしています。
 最後に個を大切にしていつも温かくご指導してくださる中島淳先生をはじめとする諸先生方、背中を追うことの厳しさと楽しさを教えてくださる大圃先生、チーム医療の大変さと楽しさを共有し切磋琢磨してきたメンバーの先生方、そして何よりもこんなわがまま放題してきた自分を応援してくれている家族のみんなには本当に感謝してもし尽せません。知らないうちに円熟期のような年齢となってしまいましたが成長を止めることなく、将来を担う先生方の教育指導に熱を入れ、そして患者さんにとって最適な医療が提供できるように精進していきたいと思います(2024年4月)。

現メンバーとOBのみんなで